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古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)2012-02
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    JUGEMテーマ:読書
     最高裁から出向しているU氏に薦められたのがこの本。著者は20代の若手社会学者。20代の75%は幸福で、過去40年で最高であるというデータは、驚きでありキャッチーであるが、自分が教えている学生の様子を見ると、さもありなんと納得できる。だから、巷間、「若者に負担のしわ寄せが。。。」などの論に対し、怒りのデモが起こらないのであろう。
     それにしてもこの本、内容もさることながら、ツイッターのような軽いのりの脚注が面白い。学者の本の脚注というと、引用する論文やデータの出典が無機質に並んでいることが多いのだが、この本では著者の妹とその彼氏との携帯の利用法までも書かれているのだ。さらに、本文中でも登場人物の年齢と出身地をいちいち記すことにより、有名性を捨象して等身大化し、その上でバッサバッサと切り倒して(こきおろして)いく。特に年寄りと保守派論客には容赦がない(w)。
     中身で面白かったところを列挙すると

    ・若者には、非日常を求める「ムラムラ」と日常の承認を求める「村々」が同居している。
    ・若者にとって、現在の承認問題(さびしさ)が未来の経済的問題(まずしさ)より深刻である。
    ・デモは、当初目的性をもっていても、すぐに共同性(居場所)が上回り、その目的が希薄化してしまう。
    ・若者は、「自分」と「自分のまわり」の幸せと関心=コンサマトリー(自己充足的)である

     最後の、若者がコンサマトリー(自己充足的)であることを考察してみると、情報化社会ゆえのヴァーチャルを知りすぎてリアルを知らない若者が、リアルを求める本源的欲求の現われなのではないかと思う。そこには、歴史と世界とのつながりをアプリオリなものとする教育が欠如しているための孤立性があるのではないか。
     さらに、幸福の条件を人間関係と経済の2点に絞りすぎているきらいがある。著者自身が実社会に出きっていないポジションにおり、異質なコミュニティの中で生きる経験が不足しているため、想像力に限界があるのではないかとも思う。年齢とともに健康や仕事、地域(自然・風土)などにも幸福を見出せるようになるのであり、そういう若者も少なからずいると思うが。
     個人として、ドキッとする記述があった。梅沢忠夫『わたしの生きがい論 人生に目的があるか』(講談社、発行は1985年)からの引用で、1960年の学生の悩みとして紹介されていた一文「就職した途端に、自分の退職金の額までが、かなりの確度で予想できる」である。まさに1987年にそれがいやで研究室の教授の紹介の有名メーカーを蹴り飛ばし、当時無名のリクルート社に就職したのであった。やはり自分も当時の典型的な若者であったのであろう。

     たまたま、著者が少子高齢化を取り上げたテレビの討論番組に出演していたが、やはり歴戦の兵の前ではういういしい若者としか映らなかった。やはりテレビ(ある意味リアル)と本(ヴァーチャル)では勝手が違うのか。
    posted by: kuro | Tの書斎 | 23:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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